一文一投

思ったことを、だれかにひょいっと投げるきもちで

鬼灯の夏

今年も、玄関にほおずきが届いた。 熟れたまま立ち枯れたトマトみたいに美しい、橙色のほおずきだった。 奥さんが両手に抱えて、阿弥陀様にお供えしに行った。 本堂の台所で、一緒に届いた白と黄色の小菊をバケツに付けながら、一人ふと思った。 お盆が来る…

月が鳴る日

月が鳴る日はちろちろと、月が鳴る日は鈴を一つずつ、紐に垂らして夜のとばりにしばりつけてそこにさらりと冷たい風がしのびこんでちろちろとそんなふうに月が鳴る日は赤い眼をした狼が静かに空に吠えている暗い暗い夜の果てで静かに凍っている月は少しずつ…

海と親不知

親不知を抜いた。「ご苦労さんでした」全ての施術が終わった後で、遠山歯科の遠山先生は言った。「抜いた歯、持って帰る?」私が頷くと、遠山先生は小さなジップロックのビニール袋に入った歯をくれた。私はそれを受け取り、しばらく眺めた後、持ってきたハ…

空に見えなくなる鳥

問題です。会えるけど一緒に居られなくて寂しいのと、ただ会えなくて寂しいのと。どっちが寂しいでしょう。友人のワカちゃんがバラ色のため息と共にそう聞いてきたので、うーんと考えて答えなんてないんじゃないかなあと言うと会えるけど一緒に居られないっ…

冬の朝

ふるると震えて起きると外は雪だったしばらくぼぉっと考えて恋人にぴったりと寄り添う生きている人間は暖かい例え眠っていてもずっと眠ったままに見えてもそうしてしばらくしてちっとも恋人の腕が私の腰に絡んでこないのを考えてふと寂しくなって世界からす…

金曜深夜零時

こつ、こつ、と靴を鳴らして部屋の中に入ると、当たり前だけれど真っ暗で、手探りで電気を点けて「ただいまぁ」と言ってみたけれど、寝ぼけたみたいに間抜けな自分の声が響くばかりで、引っ越して間もないがらんどうの私の部屋は、闇から何かを跳ね返しなが…

カガミ

土曜日の帰り道。大声で座席を占領している、うら若きお嬢さんたちに出会う。見ればけっこう可愛い。まさに「恋するお年頃」といったところ。ふと窓に映った自分を見る。髪はボサボサ、化粧もはげてる。靴底はすり減ってるし、そういやコートの毛玉なんて、…

やさしいあした

バスタブの中でシャワーを浴びていると、自分がどうしようもなく大きな存在であるかのような気がしてきた。目を瞑ってシャワーの水滴に顔を濡らしている私はすくすくと大きくなっていって、やがてバスタブの天井なんか超えてしまって、このちっぽけなアパー…

出会うこと、大切にすること

とにかく、書いてみます。ライターになりたいのに「読んでもらえる文章なにもないです」じゃ始まらないから。…というような事を思う出会いに、最近恵まれています。それも劇的に。「以前チラリと会っていたけれど、そんなに気に留めていなかった人との付き合…