一文一投

思ったことを、だれかにひょいっと投げるきもちで

金曜深夜零時

こつ、こつ、と靴を鳴らして部屋の中に入ると、当たり前だけれど真っ暗で、手探りで電気を点けて「ただいまぁ」と言ってみたけれど、寝ぼけたみたいに間抜けな自分の声が響くばかりで、引っ越して間もないがらんどうの私の部屋は、闇から何かを跳ね返しながら、確実に寂しくてあったかかった。

ストーブの電源を入れてスンと鼻をすすった。自分が、泣いていないのに泣いているみたいだった。泣いてるのかもなあと思ったところで本当に涙が出そうで、今度はバスルームに行って思いっきりお湯の栓をひねった。もうもうと立ち込める湯気の中で、今度こそ本当に泣いた。泣きながら服を脱いで湯船に滑り込んで、そしてまた泣いた。
 
誰かと居るなんて無意味だ。寂しいだけだから。
 
理解されたくて、理解をしたくて、いつも誰かを求めてみる。求めると求められるっていうのは世界の法則で、だから私は常に誰かに求められている。たまに「愛しているけど振り向いてくれない」っていう愚痴を聞くけれどあれは嘘で、「愛しているけど振り向いてくれない自分」を求めているから、そんな自分に求め返されているだけだ。本当に愛しているなら、必ず相手から求められる。しかもごくかんたんに。
 
本当は求められたくなんてない。求められるくらいなら、ずっと寂しい方がいい。いやいや、本当の私はどっちだろう。理解されて、飲み込まれたいっていう私と、理解しようとしてくる人を、飲み込んで吐き出していたいっていう私と。
 
世界は、寂しい悲鳴で出来ている。
 
お湯から出て体を拭いた。裸んぼのまんまで、コーヒーを入れた。ひき立ての豆の、いい匂い。南の国に行ったみたいで、少しだけ楽しい。
ラジオを捻ると、時報がちょうど0時を告げていた。金曜深夜零時の云々カンヌン、連休前のパーソナリティはおしゃべり。
 
おはよう明日の世界、あんたなんかに生きてやるもんか。
 
ベッドに潜り込んでまぶたを閉じた。さようなら、さようなら、世界さんさようなら。
船の上からテープを持って、さようなら、さようなら。波打ち際で出航を見送る人たちに、優雅に微笑んで、手を振って、さようなら、さようなら。
そしてロープは切れて、海に飲まれて見えなくなる。私は、旅立つ。
人生の幕をそんな風におろせたらいい。さようなら、さようならと、波打ち際に手を振るように。さようなら、さようなら。世界さん、さようなら。
そんなことを思いながら、金曜深夜零時の何時何分に、別れを告げる。遠くで眠りから溶けた星が鳴っている。今夜の宇宙の天気、晴れ。あしたも、きっと晴れるだろう。世界はどこまでも冷たく、晴れるだろう。