一文一投

思ったことを、だれかにひょいっと投げるきもちで

へび

「へび?」
カウンターの中を指さして言うと
「へび」
とセンセイはうれしそうに笑って何度も頷いた。
「触われる?」
とセンセイが聞いたので、今度はわたしが恐ろしそうに首を振って
「触わったことない」
と答えた。
へいきだよ、咬まない。ハラいっぱいのときは咬むけど。
センセイはそう言いながら小さな白いへびをケージから救いあげて、わたしに差し出す。おそるおそるうろこをなでると、ひやっとして湿っぽくて、案外つるつるしていた。触れたことない感覚。けれど、嫌な感じはしない。違和感はあった。生き物なのに、冷たい。
うろこをしばらくなでていると、センセイはひょいとわたしの片手を持ちあげ、小さな白いヘビをてのひらに絡ませた。
「うわ」
ため息みたいな声が出て、あわてて口をつぐんでセンセイを見た。センセイの目はうれしそうだけどどこか深いところが悲しそうで、でもそれはいつものことだった。センセイの目は遠浅の海だ。緑がかった海で泳いでいたら、急に黒くて真っ暗な深みにはまってしまう。とても悲しい深みに。
「どう?」
センセイはそんな目で笑って聞く。
「宇宙人みたい」
「見た目が?」
「ううん、触り心地。生きてるのに、冷たいもの」
「おもしろいこと言うね」
センセイは裏の冷蔵庫からビールを二本取ってきて、片方をわたしの目の前に置いた。
「宇宙人、触ったことある?」
センセイはビールのプルトップをひねる。わたしはセンセイにへびを返して、目の前のビールに手をかける。
「ない。会った事ない」
「でも宇宙人みたいな触り心地なんだね」
スペシャルセンシビリティ、と発音のいい英語でセンセイは言った。

センセイの店を出るとき、握手をした。センセイの手はひやっと冷たくて、弾力のある静かな樹脂みたいだった。
「またね」
「また」
センセイの手は、へびに似ていた。

いつかわたしは、あのへびみたいなセンセイと寝るんだろう。
そんなことを考えながら、帰り道の夜空を見上げた。
ちろちろと瞬く赤い星は、あの小さな白いへびの眼にそっくりだった。