一文一投

思ったことを、だれかにひょいっと投げるきもちで

スミにクチ

とうとうさようならをする時が来たのだと思うと切なくて切なくて、なんでだろうどうして別れなければいけないのだろうと、ちょっと泣いてみたけれど、別れを決めたのは私なのだから、それは無責任の涙じゃあないのと自分を戒めた。

月明かりと、彼が消し忘れたポッド型の間接照明で満ちている部屋をぐるりと見渡して、忘れ物はないだろうなとチェックする。
次にここに来るヒトの為に、是非とも私の痕跡は残しておきたくない。
ここで寝転がって「遊んでいる」時に、とても綺麗なピアスを見つけた。ピンク色のパールみたいなのがひとつぶ、花びら型の台座にくっついたピアスだった。
ピンクと、パールと、花びらと、そんなもんがくっついたピアスが似合う女ってどんなだろうな。
稲妻型の自分のピアスを弄りながら、3秒間だけ考えた。

寝ている間に私が居なくなったら、きっと彼は誤解するだろう。彼がたくさんの女と「遊んでいる」ことに耐えられなくなったのだ、と。

そんなことはどうでもよかった。彼が一体、どれだけの、どんな女達と、どこでどうして過ごして居ようが、ピンクのパールと花びらのピアスくらいに、どうでもいい。問題はそんなところじゃない。

彼はいずれ、私と居ることが息苦しくなる。

彼の寝顔をじっと見つめて、それから右の袖をめくった。
腕に巻きつく龍。
すごく有名な人が彫ったって聞いた。その人はきっと、ちっともこんな世界なんて見てないんだろう。どこか別の、遠い遠いところを見ているんだ。そのくらいに、彼の腕の龍は美しい。

跪いて龍にキスをした。さようならのキス。
抱きしめてもらうときには、この龍といつもキスをする格好になった。彼の腕の中にいるときは、必ず龍も居た。藍色と、深緑と、少しの朱色で出来た美しい龍。私はこの龍がとても好きだった。

さようなら。

点け放した灯りはそのままに。カバンを持ってドアを開けた。

切なくてたまらないこの気持ちは、いつかあの龍みたいに、強く空へ舞い上がるだろう。

振り向かずに、ドアを閉めた。